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「チョコレートとラーメンなら、僕はチョコレートを選ぶよ」
「急にどうしたの?」
安いファミレスに二人きり。埋れ木は持っていたメニューから顔を上げた。
平日の昼間はあまり人がいない。チェーン店でもなければ大通りからは見えにくい場所なだけに、集客数が望めないのだろう。
そのせいか剥がれた壁のペンキや端の破れたテーブルクロスはそのままだった。
まるで置いていかれた場所みたいだ。
一瞬だけいつかが頭をよぎって、振り払うように手元のメニュー表に集中することにした。
「忠実だと面白くないよね」
「ちょっと考え事してたからかな。話が見えないよ。山田くん」
向かい側でメニュー表を放り投げる友人は、無表情のままだ。
そういえばお互い前髪カールなんだよなとどうでもいいことを思いながら、見ていたラーメンのメニューを検討する。
味噌と塩と豚骨なら、豚骨の方が他店と味を比べやすいだろうか。
「埋れ木君の司令塔能力はすごいなぁと思って」
「うん。ますます話が見えなくなってきたんだけど、山田くんはチョコパフェでいいの?」
片手間に話を聞いてしまっているのが原因かもしれないが、言葉は聞き逃していないはずだ。
「ザッハトルテで」
「うん。僕の目に狂いがなかったら、その商品は当店では取り扱っておりませんって言われるよね」
「埋れ木君はわかってないなぁ。お客様は神様なんだよ」
「お客様は人間です。チョコケーキとパフェならどっちがいい?」
「パフェで」
「了解。すいませーん! 注文お願いします!」
「そもそも注文ボタンがないのは」
「クレーマーみたいなこと言わないでよ。山田くん」
五分ほどして現れた愛想の悪い店員に注文を告げれば、何か言いたげな山田に視線を向けられて、先にそれを視線で制した。
「今日の埋れ木君は冷たいなぁ」
「山田くんの機嫌の悪さも問題だと思うけど」
「だってさあ、いや、わかってるんだけど」
勝手に自己完結でテーブルに頬を押しつける山田を見ながら、メニューを片付けた。
お冷に浮いた水滴が流れてテーブルに落ちる。
「あれ? どちらかと言うと落ち込んでるの?」
「どっちも、かな。腹も立つけど僕だってへこんじゃうこともあるよね」
「それを相談しに呼び出したんじゃないの?」
本題に入らないのはわざではないだろうが、急にファミレスに呼び出されてから二十分が経過していた。
「ううん。八つ当たり」
テーブルに顔を押しつけたまま、山田が目線だけを向ける。
全く悪気がなさそうに言うのが、なんとも彼らしい。
「……ここはそのまま水をかけるべきかな?」
「残念だけど僕は植物じゃないから育たないよ?」
「そもそも人間ならデザートじゃなくてご飯を食べないと育たないからね」
ふぅと息を吐いて、目の前のつむじに手を伸ばす。灰色の髪の毛はなんだか特別な気がした。
実際に特別なんだよね。
途中から選ばれたのではなく、最初から選ばれた存在。
「埋れ木君の一生懸命なとこ、僕は好きだよ」
目を細めて何気に放たれた言葉に不意打ちをくらってしまった。
「そこで持ち上げちゃうの?」
見破られた気がして頬を掻く。
それがお世辞だとしても照れてしまうのは、こういう会話をしながらも山田のことを嫌いにはなれないせいだ。
「特別だっていっても、選んで欲しい相手に選ばれたわけじゃないからね」
「もしかしてメフィストのこと?」
これまでの会話を思い出して聞けば、タイミングよくと言うべきか悪くというべきか、頼んでいた商品が運ばれてきた。
何もなかったテーブルに甘さと香ばしさの匂いが漂う。
「混沌としたテーブルだね」
ナプキンの上に置かれた長いスプーンを手に取って、山田がようやく身体を持ち上げた。
「僕は慣れっこなんだけど」
そういえば、自分からラーメンを頼むのは珍しいのかと箸を持って挨拶しながら思う。
いつもはこの匂いの先には、あの忠実ともそうでないとも言える悪魔の友人がいた。
「いいと思うよ」
チョコレートアイスクリームにスプーンを差し込みながら、山田が憂いを帯びた目で息をついた。
「さっきの質問の答え、聞いてもいい?」
「黙秘で」
「ああ、うん。野暮だったね。ごめん」
ラーメンのチャーシューは想像よりもちゃんと漬け込まれていておいしい。次回は二世も連れてこようと決めて、ポッキーを齧る山田を見る。
「僕ってそんなに我儘かな」
「うん。思っているよりは我儘だと思うよ」
反射的に即答してしまって失言だったと気づいた頃には、山田が額からテーブルに落下したところだった。
「あっ! えっと、ごめん! つい!」
どうやら本当に落ち込んでいるという事実を今更ながらに実感してしまった。
「いや、わかっていたけど」
「気にしてるの?」
「してない」
「……なら、どうして落ち込んでいるのさ」
「同じチョコレートでも甘いと苦いがあるよね」
「ミルクでも加えたらいいんじゃないかな」
例え話を考察するのは面倒だったので、そのままの意味で受け取ることにした。
スープは全部飲んでしまうと胃がもたれしまうだるか。
「ミルク、ね」
生クリームとフレークをかき混ぜて一口頬張った山田がスプーンをくわえたまま、小さく唸った。
しばしの沈黙の間に、半分ほどラーメンを食べ終える。
大きく山田が頷いたのが見えて顔を上げると、彼が静かにスプーンを置くところだった。
「埋れ木くん」
元々、人を引きつける目をしているせいか、真剣な顔をされると緊張してしまう。
「な、なに」
「結婚しよう」
吹き出しはしなかったものの箸は落としてしまった。
「……えっ?」
「こういう我儘受け止めてくれるのって、きっと埋れ木くんしかいないと思うんだ。だから」
「えっと、あの、話が見えないよ!」
明らかに動揺してしまうのもおかしな話だが、冗談で済ませるには声色が本気である。
「実はさっきから考えてたんだよね」
「う、うん」
「嘘だけど」
反射的にコップを手に取ってしまったが、それはさすがによくないとおしぼりを握って、躊躇なく投げつければ、あっさりとよけられてしまった。
「僕でも怒るよ」
「知ってる。実は結構嬉しいんだ、そういうの」
そういうことを言われてしまうと許してしまうのがお人好しと言われる理由なのかもしれない。
そんな自己分析をして横に置いてあった籠から新しく箸を手に取った。
「メフィストが相手だと軽くあしらわれちゃうんだよね」
同じ状況になったら不機嫌そうになるメフィストの顔は容易に想像がつく。
それって普段の行いのせいではないかと思うのだが、そうでなくても相手が相手だからなとも思う。
「結婚しようって言ってみたら?」
「やだよ。恥ずかしい」
「えっ、さっき普通に言ったじゃない」
「埋れ木くんになら言える」
「意味がわかりません」
「向けられる好意に対して埋れ木くんは誠実に対応してくれるから、ダメージ少ないよ」
「嘘でもダメージを受けるなら言わなきゃいいのに」
褒めてくれるのは嬉しいけど、と付け加えてレンゲを置いた。
どこの店もそうだがラーメンはボリュームがあって、食べ終えると満腹感が大きい。
「反応を見るのが楽しくて」
「ちょっとは反省しようね」
「反省したら負けだよ」
「そんな勝負はしないでください」
一番下のチョコシフォンを眺めて、山田がまあとつぶやいた。
「本当は諦めたいんだけどね」
なんとなく他人事では無いような気がする。
ここで諦めも必要だよねと言えるほど物わかりがいいわけでもなかった。
結末なんて決まっていることぐらい、きっとお互いわかりきっている。
「でもさ、山田くん」
器をテーブルの端に寄せる。
唇についた生クリームを指で掬い取る山田を見た。
「ソロモンの笛を持つのは僕らなんだよ」
笑って言ったところで、ああとてもひどいことを言っているなとも思う。
縛りつけたくないとも思っているのに、そうでなければ繋がりなど簡単に切れてしまうような気がしていた。
「そうだね」
無造作にポケットに入れたソロモンの笛を山田がそっと撫でる。
その手は大事そうにも見えるのに雑な扱いをする彼が何を思っているのか興味はあったが、特に意識をしていることではないのかもしれない。
「ありがとう」
「どういたしまして」
「埋れ木くんが好きなのは本当だよ」
さりげなくそう口にして、食べ終えたパフェの容器を端によけると山田は立ち上がった。
今までで一番本音に近いそれに驚いていると彼が大きく頷く。
「そういうわけで埋れ木くん! 松下君の家に行こう!」
「今度は松下くんに怒られるつもり?」
「うん」
「はぁ。仕方ないなぁ」
あまり松下の手を煩わせるのもよくないので、ついて行こうと決めて立ち上がった。
決して、自分が単に彼に会いに行きたいからではないと言い訳しつつ。
「パフェとかお土産にしてったら喜ぶかな?」
「それ門前払いになると思うからやめときなよ」
通り道で何か甘くないお菓子を買っていこうと決めて、明日は二世とラーメンを食べに行こうと思った。
END
[2012/04/06]