※サンプル※ 「どうしてその答えに至ったんだ」 「おいしいものは共有したいじゃないか」 振り返った山田は真剣な面持ちでそう口にした。 思えば、彼が誰かと何かを一緒に食べるというのは珍しいのかもしれない。 普段は与える側だ。手に持ったものは自分用ではなく、相手に渡すとすぐに立ち去るという話を聞いたことがある。 「主にお菓子だろ」 「子どもらしいとは思わないかね?」 普段から珈琲を嗜むのに比べれば、確かに子どもらしい話だ。 「見た目で十分じゃないのか?」 目つきが悪いこともなければ穏やかなその表情に異質だと思う人間はいないだろう。普通の子どもだ。どう見ても。 「そういえばそうだね」 「そう言いながら酒瓶を取る子どもはいないけどな」 自然な仕草で日本酒のコマーシャルに入ろうとした彼に言えば、大人しく身体を引いた。 「酒は嫌いかね?」 「どっちかというと好きの部類だがな」 さっきの話と矛盾するぞと言おうとすれば、その姿はテレビの向こう側に移動している。 風鈴がなる夏の縁側。有名俳優が液体をグラスに注いでいる。寝ている猫をよけた山田は大きな一升瓶を抱えるように持った。 「それならよかった」 言いながら笑顔で戻ってきた。すでに酔っているのではないかと思うほど上機嫌である。 「それが共有ってやつか?」 「好きだからね」 あまりにも自然に差し込まれた言葉の意味に、一瞬だけ思考が停止した。 「どっちの、意味だ?」 本来なら考えずとも答えが出ているようなそれに引っかかってしまう。思考停止ゆえに検討できなかった言葉はするりと口をついた。 「そのままだよ」 「ああ、そうかい」 わからないから聞いたのだが伝わらなかったらしい。ホホホホッと独特の笑い声が響く。 「名残惜しくなるのはそのせいだろうね」 ホテルに備え付けだったグラスに注ぎながらつぶやく (p10 「ドーナツの隠し味」より) ※本では行は空いておりません。 |